


医療/介護福祉施設を取り巻く環境は、大きな転換期を迎えています。慢性的な人手不足に加え、今後さらに進む人口減少。これまで通りのやり方を続けること自体が、リスクになりつつあります。
今回、インタビューにご協力いただいたのは、特別養護老人ホームみやこの苑 片本哲匡さま。変化していく社会情勢を見据え、数年前からDXに取り組んできました。ただし、その進め方は「ツール導入ありき」ではありません。まず考えたのは、ひと・体制・運用の設計でした。
DXに取り組む背景や考え方、そして働きやすさやコスト面にどのような変化があったのかを伺いました。
特別養護老人ホーム
みやこの苑 片本さま
最も大きかったのは、将来的な人材不足への危機感です。日本全体で人口が減少していくことは、以前から明らかでしたが、地方ではその影響がより早く、より深刻に表れます。
現時点では何とか運営できていても、10年後、20年後を考えたときに、「今と同じ体制を維持できるか」と言われると、難しいと感じていました。
さまざまな勉強会を開催し、体制構築の必要性を実感しました。人が集まらない前提で、どう施設運営を続けていくのか。その答えを考えた結果、DXは避けて通れない取り組みだと判断しました。将来に残せるものとして、これは絶対に私がやるんだと思いました。

ツールを入れること自体が目的になると、うまくいかないと考えていました。実際、機能が優れていても、使いこなせなければ現場は変わりません。身近な例で言うと、今多くの機能がついている電卓がありますが、使いこなせないとその機能には意味がないんですよね。
DX推進についても同様のことが言えます。国からの補助金制度もありますが、「何を」「どう使うか」まで整理されていないまま導入すると、結果的に活用されず、現場の負担だけが残るケースも多いと思います。
そのため、私たちが最初に考えたのは、どの業務を、どのように再設計するかという点でした。ツールはあくまで手段であり、運用できる体制を整えることを重視しました。
最初に行ったのは、現場との対話です。DXに対しては、一定数の反対や不安の声があることを前提にしていました。まずは皆さんの意識を変えることを目標に動きました。
いきなり大きな変更を行うのではなく、小さな取り組みを一つずつ導入し、反応を見ながら進めるんです。業務がどう変わるのか、負担は増えないか。そうした点を丁寧に説明しながら、少しずつ理解を得ていくことが重要だったと感じています。
そのために、まずはデジタルにくわしい窓口となる人材を育てることが重要と考えていました。職員からの質問や外部業者とのやりとりもスムーズに進められます。

DXの担当については、外部から専門人材を採用したわけではありません。もともと職員の中に、ITやデジタルに関心を持っているPT(理学療法士)がいました。その職員を中心に、ノーコードツールや生成AIを活用しながら、現場に合った仕組みを内製で整えていきました。
ちょうど、リスキリング制度の補助金が活用できたので、外部の研修会などを通じて知識を高めてもらいました。現在は、必ずしも高度なプログラミングスキルがなくても、業務改善にデジタルを活用できる環境が整っています。「興味がある人材を活かす」ことも、DXの重要な要素だと感じています。
業務の標準化が進み、「特定の人に依存しない体制」が整ってきました。最近、初めて外国人雇用もしましたし、デジタルネイティブの世代も採用できるようになって、変わってきていますね。働きやすさは、意識して追いかけたというより、体制を整えた結果として得られたものだと感じています。
われわれは迫り来る人口減に対してDXに取り組んできました。業務が整理され、無理のない体制になったことで、中長期的には人件費などのコスト削減につながっています。
しかし、どれだけ業務の標準化が進んでも、介護のプロフェッショナルにしかできない仕事は必ず残ります。業務が整理されたことで、内製と外注の使い分けも判断しやすくなりました。誰でもかんたんにできるクックチルは内製でできる作業のハードルを低くしてくれたと感じています。時代にも合っていますね。
短期間で回収できる投資ではありませんが、将来的に数名分の人員を追加しなくても運営できる設計を目指しています。人が採れない、辞めてしまうというリスクを減らすこと自体が、経営にとっては大きな価値だと考えています。

DXは特別な取り組みではなく、これからの施設運営を支える基盤の一つになると思っています。人材が減少していく時代において、属人的な運営から、仕組みで支えるチームでの運営へ移行することは不可欠です。
今後も、現場と対話を重ねながら、記録としてきちんと残しつないでいく。次の世代に継承できる体制を整えていきたいと考えています。
今回は、片本さまにDXに取り組む背景や考え方についてお話を伺いました。私が特に感銘を受けたのはツールを導入する前に、まずはデジタルに長けた人材を育てるという観点です。そうすることで、その人を起点としてDXが進みます。
そして、DXは「目的」ではなくあくまで「手段」です。人材不足などの社会課題は、どの介護施設にとっても避けられません。そんな時代の変化に対応するための経営的な視点が、片本さまの言葉から伝わってきました。
DXは、導入すればすぐに成果が出るものではありません。それでも、将来のリスクを見据え、今のうちから準備を進めることが、施設の持続可能性につながると感じました。
本記事が、読者の皆さまにとって、自施設の体制や運営のあり方を改めて考えるきっかけとなれば幸いです。
ナリコマグループ
デジタルマーケティング室
山岡タケル
特別養護老人ホーム
みやこの苑 さま
自前での食事提供にこだわってきましたが、将来の調理員不足とコスト高騰を見据えて厨房改革を決断しました。給食改革の必要性や導入の経緯、DX推進など今後の展望についてお話しいただきました。