ジャーナルJOURNAL

その一口が、ひとと社会の未来を変えていく。お茶と食がはぐくむ文化の力

その一口が、ひとと社会の未来を変えていく。お茶と食がはぐくむ文化の力

――伊藤園 × ナリコマが語る「文化」としての飲食

「お茶を飲む」
それは、私たちの日常に溶け込んだ当たり前のこと。
けれど、その一杯が、医療や介護の現場では大きな意味を持つことがあります。

今回ナリコマの山岡タケルがお話を伺ったのは、
飲料文化を牽引してきた株式会社伊藤園の久保田敦之さん。

お茶と食事。
日常の営みを新たな体験価値へと変えていくとき、
介護の未来にはどんな可能性が生まれるのか。
対話の中から、意外な共通点が見えてきました。

「STILL NOW」まだ言葉になっていない不満に向き合う

山岡がまず関心を持ったのは、伊藤園の哲学でした。
伊藤園には「STILL NOW」という言葉があります。

それは、
「お客様が今、何を不満に思っているのか」

まだ顕在化していない課題に目を向け続けるという考え方です。

久保田さんは、医療や介護の現場にも、まだ見えていない課題が数多くあると語ります。

たとえば、嚥下に不安がある方のために水分へ「とろみ」をつける作業。
誤嚥を防ぐために欠かせない工程ですが、その裏側には想像以上の負担があります。

たとえば、高齢の介護者がスプーンでとろみ剤を量り、粘りが出るまで何度もかき混ぜる。
焦って粉を足しすぎたり、濡れたスプーンを袋に戻してしまい、
袋全体がダマになって使えなくなることもある。

「お茶を飲む」という当たり前の行為を支えるために、
現場ではこうした見えない苦労が積み重なっているのです。

山岡はこの話を聞きながら、これまで見てきた食の現場と重なるものを感じていました。

お茶と食がつくる「健康」と「体験」

対話の中で、もう一つ印象的だったのが、
伊藤園がお茶の価値を「心の健康」「身体の健康」「社会の健康」
という三つの視点で捉えているという話でした。

特に興味深いのが、「社会の健康」という考え方です。

東北や関西には「お茶っこ(お茶会)」という文化があります。
ひとが集まり、お茶を飲みながら言葉を交わす時間。

東日本大震災の後、仮設住宅で行われた「お茶っこ会」では、
それまで接点のなかった住民同士が、お茶を囲むことで自然に会話を始めたといいます。

ひとをつなぐ一杯のお茶の話から、
対話はやがて「食欲」の話へと広がっていきました。

山岡が語ったのは「まず食べていただくことが健康への第一歩」ということ。

医療・福祉の現場では、
食べやすさを優先するあまり、食事がミキサー状になり、
色彩が失われてしまうことがあります。

久保田さんが紹介してくださった「とろり緑茶」は、
湯呑みに注いだときに、抹茶のような鮮やかな緑が映えるよう設計されています。

色彩は、食欲を呼び起こす大切な要素。

ナリコマの食事づくりでも、
料理の彩りをとても大切にしています。

視覚から入る「おいしそう」という刺激が、
止まっていた食欲のスイッチを押すことがあるからです。

食事も、お茶も、単なる栄養補給のための行動ではありません。
それは、ひとが社会を生きる意欲を呼び起こす「体験」なのです。

ひとと社会をつなぐ「テック」と「ホスピタリティ」

今回の対談を通じて、二つの企業が大切にしている価値観の共通点が見えてきました。

これからの医療や介護の現場には、
ひとの負担を減らす「テック」と、
ひとの心に寄り添う「ホスピタリティ」の両方が必要です。

ナリコマが構築してきた食事提供のしくみは、現場の負担を減らしながら、
安定した食事を届けることを可能にしています。

伊藤園の飲料技術もまた、介護や医療の現場の負担を軽減しながら、
安心して飲める一杯を支えています。

その土台の上で、
彩りや会話を楽しむ時間が生まれていきます。

お茶を淹れる。
誰かと食事を囲む。

その何気ない時間の中に、
ひとの尊厳を守る体験価値が宿っています。

今回の対話を通して山岡が感じたのは、
お茶や食事は単なる消費される「モノ」ではなく、
ひとと社会をつなぐ文化なのだということでした。

今日、誰かと囲む一杯のお茶。
その温もりの中に、どんな可能性があるでしょうか。

この対談は、そんな未来のヒントを示してくれました。

動画はこちらから

▼01「医療・介護現場を支える「お茶と食」のかたち」

▼02「お茶と食が共創する未来」

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