定着は仕組みで生まれる。大阪工場独自の取り組みと工場長の視点

フランス料理の厨房からパン職人として独立し、そしてナリコマへ──。
異色のキャリアを歩んできた工場長の早崎さんは、現在ナリコマで最も歴史のある大阪工場を率いています。激務の時代を乗り越え、「働きやすさ」へと変わった職場環境。経験豊富な人材が支える工場の強み、従業員の定着を支える独自の取り組み、そしてこれから目指す未来についてお話を伺いました。
◆インタビューに答えてくれた社員
早崎 誠治 :製造本部 大阪工場 工場長/2011年中途入社
辻調理師専門学校を卒業後、フランス料理店で6年勤務。続いて同社が経営するパン部門で4年間働き、計10年間にわたり飲食業で経験を積む。その後、パン職人として独立開業を経て、ナリコマへ入社。パン部門の立ち上げを担当した。調理部門課長を経て、2024年11月に大阪工場長に就任。激務の時代を経験したからこそ、現在は「調整力」と「人を育てる仕組みづくり」を重視している。
パン職人からナリコマへ──キャリアの原点と転機
——まず、これまでのキャリアについて教えてください。
辻調理師専門学校を卒業後、フランス料理店で6年勤務。その後は同社が経営するパン部門で4年働き、技術を身につけ、その後は大阪でパン屋を独立開業しました。
——パン屋を経営されていたのですね。そこからどのようにナリコマに?
経営が思うようにいかず閉店することになり、次の仕事を考えていた時にナリコマに出会いました。商品開発のポジションに応募し、パン部門の立ち上げを任されることになったんです。
当時は「やれるやろ」という気持ちでゼロからの立ち上げを引き受けました。入社後は調理場で働きながら立ち上げ準備を進め、工場のパン製造は未経験だったので、機械メーカーさんにも色々教えてもらいながら進めていきました。おかげで立ち上げ自体はスムーズに進み、当時の上司からも「こんなにスムーズに行ったのは初めて」と言われましたね。
激務の時代を経て──“働きやすさ”への大きな変化
——立ち上げは順調だったとのことですが、その後はいかがでしたか?
実は、立ち上げよりもその後の方が大変でした。食数の増加や人員管理、情報発信の不足などが課題となり、当時は「休みなく働く激務」が続きました。翌日の仕込みのために毎日出勤し、今では考えられないほど厳しい労働環境だったと思います。
——今のナリコマとはずいぶん違いますね。何がきっかけで変わっていったのでしょうか?
やはり上層部が「いい会社にしていこう」と本気で取り組んだことが大きな理由だと思います。特にここ5年ほどで、人事制度・給与制度・評価制度など、働くうえで大切な仕組みが細かく整備されました。今では「別の会社かと思うほど」変わりましたね。
※参考記事:社員の成長を支える新しい人事制度──ナリコマが描く未来の職場
工場長として背負う責任と、ナリコマで得られたチャンス
——早崎さんはどのような経緯で工場長に就任されたのでしょうか?
工場長になる前は調理部門の課長を務めていました。当初は管理職としてやっていけるのか不安もありましたが、上司の指導に支えられ成長できました。調理出身で数字の管理まで得意な人は少ないのですが、そこを評価していただき、2024年11月に工場長へ就任しました。
——工場長という役割について、どう感じていますか?
正直に言うと、「ものすごく大変」です。どこか一つで問題が起きれば全て私の責任になるので、常に気を張っています。責任が重いからこそ「責任を感じられる人でないと務まらない役職」だと考えています。
——やりがいについてはいかがでしょうか?
「なんとかこなしている」というのが本音です。まだ就任から1年経たない中で、日々奮闘しています。ただ、ナリコマで長く働いてきて良かったことは、「他の会社にいたら得られなかったチャンスを与えてもらえた」ことだと感じています。これは大きなやりがいにつながっています。
経験豊富な人材と、“調整型リーダー”としてのマネジメント
——ナリコマで一番歴史が長い大阪工場。特徴や強みを教えていただけますか?
一番の強みはやはり「経験豊富な人が揃っている」ことです。現在は3万4000食を製造しており、ナリコマで最も多い食数を担っています。イレギュラー対応もベテランが多いからこそ可能だと思います。一方で、中間層が少ないのは課題です。今後の管理職育成に直結する部分なので、意識して取り組んでいく必要があると考えています。
——マネジメントで意識されていることは?
「自分一人で決めない」、「こうしますよと言い切らない」ことを意識しています。課長時代は強いリーダーシップを意識していましたが、工場長になってからは「調整力」が重要だと考えるようになりました。課長たちの意見を尊重しながら、最適な判断を下すように心がけています。
定着・育成に向けた大阪工場独自の取り組み
——従業員の定着や育成についての工夫はありますか?
離職率の低下や従業員の定着は、私だけでなく、歴代の工場長や課長が継続して取り組んできた成果だと考えています。入社者に対する担当者の配置やマニュアル作成などが行われてきました。さらに人材育成に注力するため、大阪工場独自の取り組みとして「人材企画課」を立ち上げました。
——大阪工場独自の取り組みがあるのですね!具体的にどのようなことをされているのですか?
例えば、中途入社向けのコミュニティ形成を支援するため座談会を企画しました。昨年は開催できませんでしたが、今年は約20名が参加して実施できました。これは他の工場では実施されていない大阪工場独自の取り組みです。
また「人材企画課」ができた背景には、工場勤務経験がない中で「生産マイスター」の資格取得を通じて得た知識を全社員に提供したいという私の思いがあります。全社員(新卒含む)に対し、生産マイスターの知識を段階的に学ばせる計画を進めています。
入社初日の受け入れ体制が丁寧なのも大阪工場の特徴です。人材企画課の担当者が一日かけて工場見学やオリエンテーションを実施し、さらに、入社3ヶ月後には面談を行い所属部署とは別の立場からフォローしています。こうした仕組みによって、新卒も中途も安心してスタートできる環境を整えています
今後の展望と求職者へのメッセージ
——今後、大阪工場をどのような工場にしていきたいと考えていますか?
定量的な目標としては「4万食を超える工場」にしていきたいと考えています。現状でも3万4000食後半を製造していますが、4万食を目指すとなると「みんな無理」と言うほどのハードルです。でも、無理と言っていては何も進まない。人員の強化だけでなく、設備の導入や工場内のレイアウト変更も進めています。残業を減らしながら効率的に働くためにも、仕組み化は欠かせないと感じています。
——最後に、求職者のみなさんへメッセージをお願いします。
「来てくれたらなんとかします」といつも伝えています。受け入れ体制や教育、フォローが整っているので、自分の望むキャリアを描ける会社だと思います。ぜひ一緒に挑戦してほしいですね!
編集後記(エリア採用担当より)
今回のインタビューを通じて、大阪工場の魅力は「人を受け入れる文化」と「育成を仕組みで支える工夫」にあると改めて感じました。入社初日から丁寧にサポートし、3ヶ月後のフォロー面談まで用意されているのは、他の工場にはない大阪独自の取り組みです。早崎さんが語っていた「来てくれたらなんとかします」という言葉には、大阪工場らしい温かさと、現場全体で人を支えていく姿勢が表れています。安心して挑戦できる環境を探している方にとって、大阪工場はきっと前向きな選択肢になると思います。




