咀嚼機能や嚥下機能が低下した高齢者は誤嚥などの危険性があるため、食形態を調整した食事にする必要があります。主な種類としてきざみ食・ソフト食・ムース食・ミキサー食・ペースト食・流動食などが挙げられますが、安全性の確保と引き換えに、食欲が低下してしまうケースもよくみられます。
食欲低下は食事量の減少につながり、低体重・低栄養のリスクも高まってしまうのです。低体重・低栄養はフレイルなどを発症するきっかけとなり、QOLを著しく低下させます。高齢者のQOL向上を重視する介護施設では、単に食形態を変更するだけではなく、「食べる楽しみ」を維持する工夫も必要です。次のような点を心がけ、高齢者の豊かな食生活、QOLの維持・向上を目指しましょう。
・五感を刺激する
・本人の嗜好や希望に応える
・季節や行事にあわせた演出をする
・共食の機会を設ける
目次
介護分野で重視されるQOL(生活の質)とは

高齢化が急速に進む近年では、介護分野において高齢者のQOL(Quality Of Life)向上が重視されています。QOLは日本語で「生活の質」「生命の質」などと訳されており、「より自分らしく、充実した生活を送る」という意味を含んだ言葉です。高齢者のQOL向上は、厚生労働省が推進してきた地域包括ケアシステムの目的としても明記されています。
”重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステム”
参考:地域包括ケアシステム|厚生労働省 (説明文の一部抜粋)
高齢者のQOL向上が重視される理由
高齢者は加齢や持病、環境の変化などによって、若い頃と同じような生活ができなくなることも多いのです。多種多様に展開されている介護サービスは、そんな高齢者を支えるためにあります。しかし、安全で不自由のない日常生活のサポートのみに集中すれば、高齢者の楽しみや生きがいがなくなってしまうかもしれません。そうなれば、生きる気力まで失われてしまいます。だからこそ、QOLを向上し、高齢者自身がイキイキと暮らしていけるようにすることが重要なのです。
QOL低下の主な要因
高齢者のみに限りませんが、QOLを低下させる主な要因として、以下のような点が挙げられます。こうした要因を認識・理解しておくことで、QOL向上を図る対策も立てやすくなります。
要因①病気やけがによる不自由
病気やけがは身体機能の低下につながり、日常生活で何らかの不自由を強いられることもあります。治療中は普段と異なる動作をしなければならなかったり、服薬による副作用が生じたりするかもしれません。
要因②生活習慣の変化と運動不足
食生活や睡眠サイクルが変わったり、運動量が減ったりすると、心身の不調が起きやすくなります。特に、運動不足は身体機能を低下させるため、転倒のリスク上昇や疲労感の増大を招き、QOLも大幅に下がってしまいます。
要因③社会的なコミュニケーション不足
病気やけが、退職などによって外出が減ると、コミュニケーション不足に陥りやすくなります。同居する家族がいなければ、他者と会話する機会はほとんどなくなるでしょう。孤立感や孤独感が強まると、うつ状態になったり、認知機能が低下したりする可能性が高まります。
要因④不安定な経済状況
経済状況が安定しないと、極端な節約をしたり、不安や不満が大きくなったりして、幸福感が得にくくなります。
要因⑤被災によるストレス
日本は自然災害が多い国です。地震や台風などで被災した場合も、それまでの日常生活が一変し、QOLは低下します。慣れない避難生活が長くなるほど、いろいろな面でのストレスが蓄積されてしまうでしょう。
高齢者の低体重・低栄養はQOL低下の要因に

高齢者は、低体重・低栄養がQOL低下の大きな要因になっていることもあります。食が細くなって食事量が減ると、栄養が不足し、体重も自然と減っていくでしょう。食が細くなってしまう理由としては、前述したQOL低下の主な要因に加え、以下のようなことも考えられます。
加齢によって起こる心身の変化
年齢を重ねると、唾液の分泌量減少や味覚・嗅覚の衰えがみられるほか、咀嚼機能(食べ物をかむ力)・嚥下機能(食べ物を飲み込む力)・消化管運動機能が低下しやすくなります。また、不安感や抑うつ、認知症などの精神的なストレスも生じやすくなります。
「ちゃんと食べている」と自覚していても要注意
食欲減退や食事量の減少はQOL低下につながりますが、高齢者の中には「ちゃんと食べている」と自信をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。しかし、体重が大幅に減少しているのであれば、無自覚のうちに食事量が減っている可能性もあります。では、具体的にどのようなことが考えられるのでしょうか。
筋肉量が減少している
筋肉量は、消費カロリーと深い関わりがあります。加齢による筋肉量の減少は、男女ともに起こります。ある研究結果によれば、65歳以上になると、若い頃より10%ほど筋肉量が少なくなるとのこと。つまり、自然と筋肉量が減る高齢者は消費カロリーが少なく、たくさん食べなくても活動できるのです。
病気やストレスが隠れている
持病がなく、特に問題なく日常生活を送っている高齢者は、わざわざ病院に通う必要がありません。しかし、体重減少の陰に、自覚しにくい病気やストレスが隠れていることもあります。例えば、体重減少に加えて食欲減退や下痢などの症状があれば、消化器系の病気にかかっているかもしれないのです。
また、食事に含まれる糖をエネルギーに変えられない糖尿病に罹っていると、体内のたんぱく質や脂肪をエネルギーとして使いはじめます。そのため、急激な体重減少がよくみられるそうです。このほか、日本人に多い疾患のひとつである悪性腫瘍(がん)も、筋肉量が減ることで体重も減少します。
低体重の高齢者は健康リスクが上昇
低体重の高齢者は、次のような健康リスクが上昇します。
|
サルコペニア |
・加齢によって全身の筋肉量が減少し、筋力が低下すること ・日常的な動作に影響を与える ・65歳以上人口の約10%にサルコペニアの疑いがあるといわれている |
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ロコモティブシンドローム (略称:ロコモ) |
・運動器(骨、関節、筋肉、神経など)に障害が生じ、移動機能(歩行、起立など)が低下すること ・サルコペニアの症状が悪化すると、ロコモティブシンドロームに移行する可能性が高い |
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フレイル |
・健康と要介護の中間に当たる状態 ・サルコペニアやロコモティブシンドロームが進行し、フレイルや要介護に移行してしまうことがある |
低体重の改善は、サルコペニア、ロコモティブシンドローム、フレイルなどの予防につながるだけでなく、QOLの維持にも効果的。無理のない範囲でおこなう軽い運動、栄養バランスのとれた食事、食欲がわく生活環境など、体重減少を抑えられるような生活習慣を整えることが大切です。
咀嚼・嚥下が不安な高齢者には食形態の調整が必要

高齢者の低体重・低栄養とQOL低下を防ぐには、毎日きちんと食べてもらうことが重要です。しかし、ここまでお伝えしてきた通り、さまざまな理由から食事量が減ってしまう高齢者も多いのです。特に、咀嚼機能や嚥下機能が低下している場合は、食事をすること自体が不安になっているかもしれません。そんな高齢者への食事は、食形態を調整する必要があります。食形態を調整した食事は、一般的に介護食、嚥下食、嚥下調整食などと呼ばれています。
介護食、嚥下食、嚥下調整食の違い
「介護食」は、咀嚼機能や嚥下機能が低下している方でも食べやすくした食事の総称です。食材の切り方、やわらかさ、形状、とろみなど、さまざまな点で工夫を凝らしています。
「嚥下食」は、口の中に入れたときのまとまりやすさ、のどごしの良さなどを考慮し、飲み込みやすさを重視して調整された食事です。「嚥下調整食」は医療・介護の専門用語として使われており、嚥下訓練用の食事も含まれます。
食形態を調整するメリット
食形態を適切に調整することで、次のようなメリットが得られます。
- 食事の安全性が高くなり、誤嚥などの事故防止につながる
- 食べやすくなることで食事量が増え、栄養補給ができる
- 食事に対する不安感や嫌悪感が軽減され、楽しめるようになる
- 食事の充実感や心身の健康維持により、QOLが向上する
安全性は、最も重要な点です。食事中に事故が起これば、治療が必要になったり、心理的なストレスが大きくなったりするでしょう。誤嚥は、肺炎を起こして亡くなってしまうケースもあります。厚生労働省が公表している死因順位をみると、誤嚥性肺炎は第6位に入っており、全体の4.1%を占めています。第1位となっている悪性新生物(腫瘍)の23.8%と比べると少ないように感じるかもしれません。しかし、誤嚥性肺炎の死亡率(人口10万対)は53.9%となっているため、決して少ないとはいえないでしょう。
低体重・低栄養の改善や予防は不可欠ですが、まずは安全に食事をしてもらうことが先決です。咀嚼機能や嚥下機能のレベルを個別でしっかりと把握し、最適な食形態を選びましょう。
食形態はどう選ぶ?主な種類の特徴を確認しよう

本項目では、食形態の主な種類について特徴をまとめてみました。
①きざみ食
- 食材が約5mm〜2cmになるよう、細かくきざんだ食事
- 介護食の中では、見た目と食感が普通食に最も近い
- 咀嚼機能が低下している方に適合
きざみ食は「固形物が食べられる」という点が、食事の楽しみにつながります。ただし、嚥下機能も低下している方は誤嚥の可能性がやや高くなるため、ほかの食形態も検討しましょう。
②ソフト食(軟菜食)
- 食材を歯茎や舌でつぶせる程度にやわらかく調理した食事
- 軟菜食、やわらか食などと呼ばれることもある
- 見た目は普通食に近い
- 咀嚼機能、嚥下機能がどちらも低下しており、きざみ食を食べるのが難しい方に適合
きざみ食のように細かく刻む手間はありませんが、やわらかな食感に仕上げるため、食材の一つひとつを丁寧に調理しなくてはなりません。
③ムース食
- 食材をミキサーにかけ、ムース状に固め直した食事
- ソフト食として扱われることもある
- 咀嚼機能、嚥下機能がどちらも低下している方、口の中で食べ物がまとまらない方に適合
かむ力がほとんどない場合、ミキサー食やペースト食にしたほうがいいこともあります。かむ力が少しでも残っていれば、まずムース食で様子をみるのもいいでしょう。
④ミキサー食
- 食材をミキサーにかけ、なめらかなポタージュ状にした食事
- 水分が多いときは、適度なとろみをつけて飲み込みやすくする
- とろみの代わりに市販のソースやタレ、ドレッシングなどを使うこともある
- 見た目も食感も普通食とは大きく異なる
- 咀嚼機能、嚥下機能が低下しており、きざみ食やソフト食では難しい方に適合
ほとんどかまずに飲み込むことができます。食材は、ほうれん草や小松菜といった葉物野菜の穂先、でんぷん質の多いイモ類や豆類など、撹拌しやすいものがおすすめ。肉じゃが、シチューなどの料理を撹拌し、ミキサー食として提供することもあります。弾力のあるキノコ類やこんにゃく、繊維質が多い野菜、脂肪分が少ない魚肉や赤身肉はあまり向いていません。
⑤ペースト食
- ミキサー、すり鉢、裏ごし器などで食材をすりつぶした食事
- 調理方法はミキサー食と似ているが、水分量がかなり少ない
- 見た目も食感も普通食とは大きく異なる
- 咀嚼機能、嚥下機能が低下しており、きざみ食やソフト食では難しい方に適合
粘度があるため、ミキサー食よりも誤嚥しにくいとされています。
⑥ゼリー食
- 食材をミキサーにかけ、ゼラチンや寒天でゼリー状に固めた食事
- 見た目も食感も普通食とは大きく異なる
- 咀嚼機能がかなり低下している方に適合
ミキサー食よりも口の中でまとまりやすく、するりと飲み込むことができます。
⑦流動食
- 固形物をこして液体状にした食事
- 見た目も食感も普通食とは大きく異なる
- 咀嚼機能、嚥下機能、消化機能が低下している方に適合
具材なしのスープ、重湯(お粥の上澄み)、ヨーグルトなどを流動食として提供するケースが多く、「普通流動食」と呼ばれることもあります。このほか、栄養補給に重点を置いた「濃厚流動食」もあります。
食形態が変わっても「食べる楽しみ」を維持するには

前述した特徴からもわかるように、食形態を変更すると見た目や食感が普通食とは異なります。安全性は高まりますが、食欲が低下してしまうこともあります。そのため、食形態の変更が必要な高齢者を多く受け入れている介護施設では、「食べる楽しみ」を維持する工夫も欠かせません。では、具体的な方法をみておきましょう。
工夫①五感を刺激する
人に備わっている視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚は、食事をおいしいと感じるかどうかに強く影響します。食形態を変更しても、この五感を刺激することで食欲が低下しにくくなります。
【視覚】
ムース食やゼリー食は、おいしそうな形に仕上げやすい食形態です。たとえば、魚を使った料理であれば、魚の形に固めることで視覚的な刺激になります。ゼリー食は型抜きなどをうまく使うといいでしょう。ミキサー食やペースト食は絞り袋を使って器に盛り付け、形を整えることができます。また、彩り豊かになるよう組み合わせたり、器の形や色にこだわったりするのも効果的です。
【聴覚】
食材を切る音や調理中の音が聞こえる環境にしたり、食事中にBGMを流したりすることで、食事への楽しみを見いだしやすくなります。
【嗅覚】
厨房近くで調理中の匂いを感じてもらったり、料理にハーブやスパイスを使ったりすると、嗅覚が刺激されて食欲増進につながります。
【味覚】
高齢者向けの食事は薄味の傾向にあり、満足度が上がりにくいこともあります。丁寧に出汁をとったり、料理のアクセントになる香辛料や調味料を使ったりすると、味に奥行きが生まれます。
【触覚】
咀嚼機能や嚥下機能のレベルを考慮した上で、パリッとした食感やカリカリとした歯ごたえを出すといいでしょう。また、食事の温度も重要です。温かい料理は温かいまま、冷たい料理は冷たいまま提供すると、味の感じ方が大きく変わります。
工夫②本人の嗜好や希望に応える
本人が好きなもの、食べたいものを取り入れることで、食欲低下を防ぐ効果が期待できます。すべての希望に応えるのは難しいかもしれませんが、「◯◯が食べたい」という意思を伝えられる環境があるだけでも、食事への関心は高まるでしょう。
工夫③季節や行事にあわせた演出をする
季節ごとに味わえる旬の食材を取り入れると、毎日の食事にメリハリがつきます。また、お正月やひな祭り、七夕、お月見、ハロウィーン、クリスマスなどにあわせた行事食を提供するのもおすすめです。
工夫④共食の機会を設ける
誰かと一緒に食べる共食は、食事が楽しく感じる要素の一つです。一人で食べる環境が基本になっている場合は、定期的に共食の機会を設けるといいでしょう。
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